自由大学「幻想のインターネットミュージック」を受講しました。
まず講師のお二人について。
津田さんはお会いしてみると目がすごくきれいで、
いい人だと確信しました。単純でスミマセン(笑)。
さまざまな場所での受け答えを見るにつけ、
大局的な優しさを持った方だと感じてましたが・・・。
牧村さんは、「闘ってきた人のオーラ」がありますね。
ちょっとジョブズにも通じるオーラ。
ちなみにアニエスのオシャレポロでした。
進行の形式は、津田さんが話の骨格を作りながら、
ポイントごとに牧村さんにコメントを求める感じ。
このような貴重な場でありつつながらも、
お二人の計らいで受講者にお水が配られたりして、
そのフレンドリーな感覚が嬉しかったです。
まずは着メロ以降の各音楽配信サービスの興亡から、
技術革新とポップミュージックの関係をたどります。
牧村さんご自身、配信には当初懐疑的だったそうですが、
それは拒絶感というより「判断しかねる」感じだったのか、
トッド・ラングレンなど敬愛するミュージシャンの動きで、
徐々に見方が変わっていったのだそうです。
話は技術の変革が音楽に与えた影響にも及びます。
たとえばCDの登場によって曲のSkipが容易になったので、
サビ始まりの曲が増えたり、曲が厚化粧になったりという、
音楽的傾向の変化をもたらしたのだそうです。
「厚化粧」とは牧村さんのお言葉そのままなのですが、
少ない音構成から徐々に音が追加されるような曲が減った、
という事のようです。なるほど、確かに心当たりが・・・!
私は歌詞の物語性がサウンドに現れているだけと思ってたけど、
曲と詞のどちらが先か、作る順序は決まっていないですしね。
また、A面B面の話については、
前に書いたことがありましたが、
牧村さんは確か「文学的な作りにできた」と仰ってて。
私、物事をシンプルに言えるのは熟考の証だと思ってるんです。
ほら、
ショーペンハウエルに洗脳されてるからね(笑)。
常に信念を持って新しい状況にぶつかってきた日々が、
シンプルで的を射た表現とオーラに繋がるのでしょう。
牧村さん曰く、「新しい事はとにかく猛反発される」。
FMラジオでは曲にトークを被せるよう指示された事や、
テレビでの演奏に難色を示されたアーティストに対して
「テレビは情報」という理屈で納得してもらった事や、
CDショップの試聴機でCDが売れなくなると懸念された事や、
コーネリアスのカセットは店側に反発されたので
売ってもらう度にお金を払っていた事や・・・
これ何でだっけ?確か他商品より店の取り分が少ないから、
こうしないと売り場を作ってもらえなかった、という話だった?
ハリーさん、覚えてらっしゃいます?
さまざまなエピソードを語ってくださいました。
あと面白かったのは、ミクの話です。
どうやらほとんどのプロは相手にもしてないらしく。
そんな中、どちらの発言か思い出せないのですが、
「ムーンライダーズとかすぐ使いそう」的なコメントが・・・
そういえば「Don't Trust Over Thirty」の「超C調」(
→iTS)では、
人力ミクみたいなこともやってますものねぇ。。。
ところで、配信は現状すでに頭打ちの状態なのだそうです。
私の推測では、「CDで買うほどでも・・・」な過去曲の購入が
ほぼ一巡して行き渡ったのかな?とか考えたりしましたが、
現在進行形の大ヒット曲が減ったのも確かでしょうし。
みなさん、「もう音楽はいいや・・・」ですか?
ちょっと、お疲れですか?
一方でライブは伸びているというお話がありましたが、
フェスの動員が貢献しているようです。なるほど。
ところが最近、ライブで6万人も動員できるグループが、
CDは1万しか出ないのを、ライブ会場で売ると3万も出た、
なんていうエピソードもあったのだそうです。
果たしてこの差分は一体・・・?
よく言われる事ですが、「選べない問題」ってありますね。
コンテンツがあふれかえっていて途方に暮れているところへ、
背中を押してくれる強い動機があれば、スンナリ選べるという・・・
この後でも触れますが、重要なのは「動機付け」なのです。
この日最も重要だったテーマは、おそらく中抜きの話です。
mF247の再出発対談に出てきた「ストーリー」のお話、覚えてますか?
それと、
「だれが「音楽」を殺すのか?」のレコード会社のアーティストへの投資のお話も。
(って、リンクした過去記事ではほとんど言及できてませんが、
気になる方はぜひ本を買って読んでみてくださいな。)
なんだかんだで、アーティストが名を立てるにはお膳立てがいる。
そりゃそうですよね、音楽を志す実力者は世界中に沢山いるのです。
ネットにあげれば実力を知られ、あっという間にスターだなんて、
まさに「幻想」にすぎない。
「ネットで評判となり・・・」というストーリーは実在しますが、
実はその背景にも地道な努力や基盤となるファン層があったりする。
でも、名を立てたいアーティストの卵たちの純粋な気持ちを利用して、
騙し続ける悪徳な輩が、すでに現れ始めているというのです。
ああ、確かに、想像に難くない存在ですよね・・・。
結局、ストーリーやキャラクタライズが大事であるならば、
それらをお膳立のノウハウを持った悪徳でない存在の必要性も、
きちんと精査すべきというお話だったと思います。
あと牧村さんは、こういった中抜きに関する誤解の話とは別に、
雑誌がアーティストの宣伝をしているように見えるようだけど、
実態は逆で、アーティストを載せることで雑誌が売れている、
というお話もされてました。普通はそうですよね。ううむ。
あまり穿った見方に懲りすぎるのも良くないのかもしれません。
さて、予定された時間が過ぎ、一通りお話が終わってからも、
お二人は場所を変えて時間を作ってくださいました。
このような姿勢には本当に感謝ですね。ありがたいことです。
この二次会(?)の牧村さんの発言で印象に残っているのは、
「未だに無いもの、或いは、あったけど忘れられている物をやりなさい」
というお言葉でした。
私は二次会までの参加でしたが、三次会もあったようです。
個人的には色々と伺いたいこともあったのだけど、
参加者には事業や作品を抱えている方も多いのかなと思って・・・
私は直近のビジネスに投影できる立場じゃないので、
興味の方向がちょっとズレてるかなって気がして。
例えば牧村さんの「モノの発想から深さの発想へ」という発言の意図とか、
ストーリーにはロケールや時代性の面でどのくらい普遍性があるのかとか、
ストーリーでヒットして、その後は?という点も・・・
長いこと音楽やってる人にしかたどり着けない境地があって、
その存在は一定量維持しなきゃいけないんじゃないか、
文化の豊かさには必要なんじゃないのか、って思うから、
だからブレイク後もアーティストを不当に縛ることのない、
ストーリーのクオリティや変貌のあり方なんかも知りたくて・・・
お話もつきないようでしたが、こちらの興味もつきず・・・
これからはまた少し違う見方で音楽と接していけそうです。
それにしても、最近なんでもそう感じるんだけど、
一つ一つのテーマに深く複雑な要素が絡んでいるのです。
一瞬では考察できないような。多面的にみないと見えないような。
短時間では語り尽くせない部分もあったのかもしれませんが、
分析が得意な方と現場の方の対話を聞ける貴重な機会でした。
私は実は講義の内容自体をレポるつもりというより、
一定の目的意識を持って受講させていただいたので、
興味のある所だけを書いてしまって、偏ってると思います。
ただ・・・いっぱい、考えました。
技術的革新は文化を変える。時として既得権をも脅かす。
いま我々がしていることは、常にその危険性をはらんでいる。
文化を壊したいんじゃない。誰かを陥れたくもない。
だけど恐れて何もしないでいるなんて、できるだろうか?
歴史を予見できたなら、彼らは開発の手を止めただろうか?
技術者倫理を意識しないわけじゃない。
だけど技術の世界は、良く言えば無邪気、悪く言えば幼稚だ。
そしてしなやかな文化とは、破壊と創造を繰り返す懐の深さがある。
奢らず甘えず、しかし恐れずに、自分のできることをしていきたいな。
そんなふうに考えた、雨の一日だったのでした。