2009年11月03日

反抗期

今、毎週楽しみにしている番組があります。

池澤夏樹の世界文学ワンダーランド
NHK教育 毎週月曜日 夜10:25-10:50

先日、友人の買い物の隙に本屋をクルージングしてたら、
この番組のテキストにバッタリ出会ってしまったのです。

池澤夏樹さんのことは、NHK教育の番組を通じて知り、
かねてから興味を持っていました。

"星の王子さま"と私(2007/2/17放送)
楽園への夢の果てに〜池澤夏樹とゴーギャン、文明への問いかけ(2009/9/13放送)

「星の王子さま」については、日記にも2度、記していました。
http://maybesprout.seesaa.net/article/44474940.html?1257249850
http://maybesprout.seesaa.net/article/45408916.html?1257250047

そんな背景もあり、テキストを取ってめくってみたのですが、
実家にある祖母の世界文学全集には無かった名前ばかりです。

ミルチャ・エリアーデ、ジーン・リース、ミシェル・トゥルニエ、
バオ・ニン、カルロス・フエンテス、ジョン・アップダイク、
メアリー・マッカーシー。

しかも彼らのポートレイトがまた、非常に魅力的なのです。

この人たちは誰なんだろう?どんな物を書くのだろう?

そして、続く池澤夏樹氏の序文が、決定打となりました。

「小説は矛盾を矛盾のまま書くことができる」

この一文に私は強く引き込まれたのです。
なぜなら、ここ最近感じていたことに響いてきたから。

テレビやネットの上を飛び交う、様々な批判。
時折その激しさは、人々のわずかな過ちも見逃さず、
自分たちの視野から追い出そうとするかのに映ることもあります。

いったい彼らは、いや私たちは、何を求めているのだろう。
完璧な人間だけで成り立つ社会を作るつもりだろうか?

そこで思い出したのが、小説だったのです。
私たちは小説の人物を、物語から追い出そうとは思わない。
それどころか深く理解する。特に、その不完全さを。
ここに、何かヒントがあるような気がしていました。
だから先の一文に、道が開けそうな予感がしたのです。

この番組では、全部で7つの作品が紹介されます。
すでに4作品が扱われ、残り3作品となってしまいましたが、
私にはとても面白く、録画を持ち歩くほどのお気に入りです。
池澤さんのお話が、聞いててとても気持ちよいのです。
本当はもっと早く紹介するつもりだったのですが、
Twitterがあると「書きたい欲」がかなり解消されるので、
すっかり遅くなってしまいました。

ただ、これまでの内容と、昨日の友人との会話から、
私には何か、見えたことがあるなと感じたのです。

友人の会話とは、こんな内容でした。

「我々の前の世代までは、社会に対する期待があって、
 明日は今日より良くなるだろうと信じられた。
 でも私たちはもう、それを信じることができない。」

このときは日本の産業と雇用の話をしていたのだけど、
それがちょうど、番組で扱われた作品に感じたことと、
どこかで繋がるように感じました。

自分たちの築いてきた物に疑いを持つ時期・・・
もしかしたら私たちは、産業革命以降の成長の中で、
そんな時期を迎えたのではないだろうか?
夢中で成長を続けている間は怖い物が無かった。
でも自我が芽生え、知識と客観性を備えるようになると、
自分たちの未熟さと社会の未熟さの真実に直面し、
思ったほど成長できない不安に苛立っているのではないだろうか。
だとしたら、その不安を理解しようと努力はしても、
その苛立ちに傷ついてはいけないのではないだろうか。

とはいえ、歴史も社会も疎い私に見える物はわずかです。

「9・11以降の世界を文学はどう説明するか」

この番組のテーマがどのように締めくくられるのか、
アメリカを扱うという残りの3回が楽しみです。
posted by sprout at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | 更新情報をチェックする

2009年10月21日

人の真実、あるいは幻

私が書ける立場にあるのかどうか、迷いました。
だけどその事は私の胸をじわじわと押し潰すし、
朝顔の青には悲痛を、笑い声には無常を感じ、
悲しいのか悔しいのか・・・悔しい?何が・・・?

一人の人の真実は、あるいは幻は、
その人にしか知り得ぬ物だと思うのです。
他の人には、およそ計り知る事の出来ない物。
それこそが知的生命体の壮絶な孤独であって、
寄り添って寒さをしのぐ社会が必要なのだと、
それでもまだ無力なものだと、考えずにいられません。

迷いながらも今伝えたいのは、二つのことです。
まずは私が見た真実、あるいは幻について・・・
いまも心に残っている、加藤さんの発言について。

創作のこと
http://maybesprout.seesaa.net/article/29830460.html?1256046257

オリジナリティのこと
http://maybesprout.seesaa.net/article/65957506.html?1256046105

そしてもう少しだけ、文字にしたい思いがあります。

朗らかで優美で寂しげな魂と、目には見えない汗によって、
何度も励まして下さり、どうもありがとうございました。
これからもずっと作品に宿り、孤独な私たちに寄り添っていて下さい。
posted by sprout at 00:07| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリなし | 更新情報をチェックする

2009年10月10日

満月は完全を目指す

中秋の名月の翌日、秋らしいコンサートでした。
今回は、なんだかゆったりと聴くことが出来て。
私やっぱりシートのほうが体質に合ってるのかな。

セットリストはひろニクルさんの所からどうぞー。
では以下追記で。

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私のハウツー再構築

というわけで、Twitterでブツブツ言ってるうちに、
自分のレポの書き方について書いてみたくなりました。
(もはやblogとTwitterの主従関係が逆転しとる・・・)
この方法はblogを続ける中で出来上がった物ですが、
blogを始めてみる前には想像もできませんでした。
始めた時点でもライブの事を書くつもりは無かったし・・・
というか、当時は殆ど行かなかったんですよね、ライブ。
だから今でも日記以上のことを書いてるつもりは無いし、
音楽文献を読まない私は、作法からして分かってなくて。
何事も、やるからには少しずつでも上達したいものだけど、
無理をしない範囲じゃないと続かないのもまた事実。
そんなバランスの中で生まれた私なりの方法とは・・・?

まず前提として、私はメモは取りません。
(自由大学は講義ですのでノートを取りました)
ライブ会場では極力目立たず空気でいたいので、
ひっそりふわふわ影薄く・・・。
あと純粋に、聴きながら書くって大変ですよね。
よほどの責任感が無ければ出来ない事と思われます。

それと密録ね。そんなの、するわけないですって。
だって、考えてみてくださいよ。
楽しい場なのに後ろめたい思いするでしょ?
見つかったらその場で退場かもしれないでしょ?
しかも精神的に、以降のライブ出禁でしょ?
blogのレポなんて一銭にもなりませんよ?
アクセス増えてもせいぜい自己満ですよ?
これだけのハイリスクローリターンな手法では、
選択肢にも入らないと思うし、さらに私の場合、
著作権周り無知でもアンテナだけは向いてるから、
完全に「ありえない」の領域です。
そういえば、モタライブの時にちょこっと書いた、
ライブをその場でCD化の話、その後どうなったんだろ。

そもそもレポ書きの基本となるモチベーションって、
まずは自分が感じた「うわわわ〜」っていう情動を、
抱えきれずに出力したいんだと思うんですよ。
文章書くのが好きだから、それが文章に向かうだけ。
で、せっかくだから誰かと共有できたらいいなって。
そうじゃなかったら、こんな面倒なことしませんて。

さて、ここでやっと本題。
私のレポの書き方について、手順を以下に示します。

1.開演前は心を鎮め、吸収の体勢をとる

 心身の状態が悪いと、この段階で失敗しがち。
 レポとは関係ない要因で集中できない事はあります。
 あと私の場合、家族並みに親しい人と一緒の時はイマイチ。
 気恥ずかしさもあって、素直に感動できないみたい。
 自分の世界に入れないんですね。

2.始まったら感性弁を開きっぱなしにする

 1の段階でコケると、上の空のまま終わる日もあります。
 どんな音楽もすごく遠くに聞こえる感じで、
 閉じこもった心にまで届かないんですね。
 あと、最初から最後まで開きっぱなしは難しく、
 実は途中でぼ〜っとしてる時もあります。
 これは私の集中力の問題でしょう。
 思い出せないところはさりげなくスルーが基本です(笑)。

3.感覚を体に溜める

 逆に言えば、感覚しか残せません。
 感覚に見合う適切な表現なんてその場では出てこないし、
 感覚のほうがよっぽど強いんですね。言語化は事後です。

4.曲間でたまにセトリを復習する

 セトリはできれば覚えたいけど、なかなか・・・
 曲のイメージと数字のイメージを結びつける感じだけど、
 殆どの場合、後半はわかんなくなっちゃうかなー。
 最近はどこかに情報が上がってくれるので、
 私は完全に甘えちゃってますね。。。

5.帰り道や帰宅後に、印象深かった部分を反芻する

 余韻に浸るという、多くの人がやるであろう行為を、
 少し濃厚にやる感じですかね・・・。
 自分の感性が語る声に、じっくりと耳を傾ける。
 気をつけてるのは、感覚に忠実であること。
 変な理屈をつけるのは、記憶を汚すようなもの。
 客観性も不要。音楽の事はよく分からないんだし。

6.その日のうちに、思いついた言葉の断片だけでも残す

 この時点でまだ適切な表現になってないのですが、
 ヒントを残しておかないと思い出せなくなるので、
 不適切なままでもできるだけ寝る前に書き出します。
 やむを得ない都合でヒントを残せない日もありますが、
 最悪の場合、レポも極端に薄くなります。2行とか(笑)。
 たまに感動が薄すぎて書けない事もあり、バックレます。
 逆に幸宏さんのBMB初日は感じた物のスケールが大きくて、
 言葉の枠にはめる事ができず、結局書けませんでした。

7.まとまった時間を取り、セトリと言葉の断片からレポを構築する

 実はこれは妄想を構築するに近いんですよ。
 頭の中に映像を再現してるんですから。
 だから、けっこう不安がありますねー。
 どれくらい嘘で補完しちゃってるんだろうって。
 でも一人一人の見ている世界も極論すれば妄想だと思うし、
 評論家の方はジャーナリズムの中にいらっしゃるけど、
 我々のレポって、「私はこう見た」が醍醐味でしょう。
 だからその辺は割り切って公開してる所もありますし、
 読んで下さる方も賢明に割り引いて読まれてると信じてます。
 あるとすればステージ上の方々への罪悪感かなー。

 ただ、この作業は非常にエネルギーを要するので、
 最近は一度に書き上げきれないことが多いです。
 体力の・・・限界・・・!(昭和でごめんなさい)
 でも、構築した脳内映像を頑張って言語化しておくと、
 後日脳内ライブ映像を投影しやすくなるんですよ!
 私は人間の表現の時間軸上の連続性に興味があるので、
 無意識で脳内ライブラリを作ろうとしてるかもしれません。

 最近は公式Blogにいち早くセトリがあがる事もあるし、
 なにより先生の場合はひろニクルさんがいらっしゃるので、
 レポ構築時はホントに助かります!
 しかもひろニクルさんはセトリを分離して書いてくださるので、
 どう感じたかの部分は、自分が書き終えてから読めるんです。
 他の方の記憶を見ると、自分の記憶映像が混線しちゃうので。

 でも実は私が先生のライブで1曲ずつ書いたのって、
 もしかして一昨年の年末だけかな?
 わりと総評で語りたいタイプなのよね・・・。
 しかも年末のアレ、多分セトリ間違ってるのに直す気が無い。
 気持ちが入りすぎてて自分でも怖いんですよ、アレ。
 実はあの日のライブ盤も、ちょっと聴くの抵抗あったりして。
 一昨年は「レポを上手に書けるようになりたい!」と思って、
 音楽で感じたことも前より上手く書けるようになってて、
 ソロ活動再開やアップルストアで気持ちも盛り上がってて、
 兄弟が並ぶってことで頭に焼き付ける気満々だったし、
 あらゆる意味で気力と集中力が最高潮に達してたけど、
 確かにこの日の記憶力は、自分でも気持ち悪い。
 気持ち悪いだけに、余計に不安。どのくらい合ってるのか。
 頭から電波出てそうな、おかしな状態だった気がするし。
 だから燃え尽きて読み直したくないのか・・・?
 あ、ちょうどいいや。密録してる人がホントにいるのなら、
 アレを採点して、捨てアドでいいのでメールください。
 ついでにハイリスクな密録のモチベも教えてください(笑)。
 ただ、一言言いたい。
 人間、本気になれば、気持ち悪いくらいの力が出る!
 こうして形に残ってる以上、それは確かだ!

 ちなみにレポ書き作業のカーソルの動きとか見てると、
 多分プログラミングに似てるんじゃないかと思います。
 頭から終わりへと綺麗に書けるわけじゃなくて、
 前と後ろを行ったり来たり、継ぎ足したり消したり、
 部分的に切り出してモジュール化したり、色々。
 頭のイメージをエディタ上で構築する点は同じですね。

 で、世田谷のレポはというと、まだ6で止まってます。
 現状の言葉の断片を、追記に置いときますね。
 もしレポが書き上がったら、比べてみると面白いかも。
 (たまに断片のまま不発に終わる事が・・・)
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posted by sprout at 21:44| Comment(2) | TrackBack(0) | カテゴリなし | 更新情報をチェックする

2009年10月07日

嫉妬について

去年はなにかとシンドい年でもあったのですが、
せっかく転んだのならタダでは起きない主義でして・・・
一つ掴んだ物があるのです。それは嫉妬について。

私は小さい頃から負けん気の無さを叱られていた程で、
嫉妬という感情は身に覚えがなく、実感もなく、
自分はそんな感情とは無縁なのだと思い込んでました。
しかしそれは大層な自惚れ、勘違いだったのです。

そもそも私は、高い能力と相応の自信を持って振る舞う人に、
いま一つ好意を持てない事が多々ありました。
どうも「挫折を知らない人」のように感じていたのです。
でも去年、新しいメンバーの中で色々悩んでいるうちに、
そうした煮え切らない感情への違和感が芽生えてきたので、
胸のうちに耳を傾けてみると、こんな声が聞こえてきました。
「要するにあなた、ふてくされてるだけじゃないの?」

なるほど、この感情が嫉妬という物だったのだろうと、
そのときようやく気づいたのです。
挫折を知らないですって?そんな決めつけ、不当ですよね。
自分に無い物を持っている人を認める勇気を持てないために、
きっと何かが欠けている筈だと思いたがってるだけ。
なのに、能力と謙虚さを兼ね備えた人は、素直に尊敬できるのです。
だから、「能ある鷹は爪を隠す」という諺についても、
嫉妬を避けるテクニックなんだよな〜と、改めて気づいて。

以来、嫉妬と名付けたあの感情を持ってしまう人に対しては、
「刺激的な同志」という見方に切り替えるようにしてみました。
すると、その人の良い面をまっすぐ見ることができるようになり、
効率の悪い感情を捨てることで、とてもスッキリできたのです。
定義としては正しくないけど、プログラミングで言うところの
「リファクタリング」みたいな感覚です。

さらにこの習慣には、副産物的な効果もありました。
自分も刺激的な存在であろうと思うようになったのです。
例えば、知っている情報を積極的に発信する。
興味を持って勉強していることを隠さず共有する。
私がそう振る舞うと、徐々に周囲も同じように振る舞う。
たいした情報じゃなくてもいいんです。
少々ピントの外れた学習内容でもWelcomeなんです。
なぜならそれは、組織として、あるいはチームとして、
一緒に育っていく方向付けや推進力となりうる姿勢であり、
「私たちは前に向かっていきましょう」という意志の力を
行動で確認しあうコミュニケーションなのだから。

「刺激的な同志」・・・我ながらいい言葉だ!
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2009年09月19日

遅くなりましたが、やっとうp

自由大学「幻想のインターネットミュージック」を受講しました。

まず講師のお二人について。
津田さんはお会いしてみると目がすごくきれいで、
いい人だと確信しました。単純でスミマセン(笑)。
さまざまな場所での受け答えを見るにつけ、
大局的な優しさを持った方だと感じてましたが・・・。
牧村さんは、「闘ってきた人のオーラ」がありますね。
ちょっとジョブズにも通じるオーラ。
ちなみにアニエスのオシャレポロでした。
進行の形式は、津田さんが話の骨格を作りながら、
ポイントごとに牧村さんにコメントを求める感じ。
このような貴重な場でありつつながらも、
お二人の計らいで受講者にお水が配られたりして、
そのフレンドリーな感覚が嬉しかったです。

まずは着メロ以降の各音楽配信サービスの興亡から、
技術革新とポップミュージックの関係をたどります。
牧村さんご自身、配信には当初懐疑的だったそうですが、
それは拒絶感というより「判断しかねる」感じだったのか、
トッド・ラングレンなど敬愛するミュージシャンの動きで、
徐々に見方が変わっていったのだそうです。

話は技術の変革が音楽に与えた影響にも及びます。
たとえばCDの登場によって曲のSkipが容易になったので、
サビ始まりの曲が増えたり、曲が厚化粧になったりという、
音楽的傾向の変化をもたらしたのだそうです。
「厚化粧」とは牧村さんのお言葉そのままなのですが、
少ない音構成から徐々に音が追加されるような曲が減った、
という事のようです。なるほど、確かに心当たりが・・・!
私は歌詞の物語性がサウンドに現れているだけと思ってたけど、
曲と詞のどちらが先か、作る順序は決まっていないですしね。

また、A面B面の話については、前に書いたことがありましたが、
牧村さんは確か「文学的な作りにできた」と仰ってて。
私、物事をシンプルに言えるのは熟考の証だと思ってるんです。
ほら、ショーペンハウエルに洗脳されてるからね(笑)。
常に信念を持って新しい状況にぶつかってきた日々が、
シンプルで的を射た表現とオーラに繋がるのでしょう。

牧村さん曰く、「新しい事はとにかく猛反発される」。
FMラジオでは曲にトークを被せるよう指示された事や、
テレビでの演奏に難色を示されたアーティストに対して
「テレビは情報」という理屈で納得してもらった事や、
CDショップの試聴機でCDが売れなくなると懸念された事や、
コーネリアスのカセットは店側に反発されたので
売ってもらう度にお金を払っていた事や・・・
これ何でだっけ?確か他商品より店の取り分が少ないから、
こうしないと売り場を作ってもらえなかった、という話だった?
ハリーさん、覚えてらっしゃいます?
さまざまなエピソードを語ってくださいました。
あと面白かったのは、ミクの話です。
どうやらほとんどのプロは相手にもしてないらしく。
そんな中、どちらの発言か思い出せないのですが、
「ムーンライダーズとかすぐ使いそう」的なコメントが・・・
そういえば「Don't Trust Over Thirty」の「超C調」(→iTS)では、
人力ミクみたいなこともやってますものねぇ。。。

ところで、配信は現状すでに頭打ちの状態なのだそうです。
私の推測では、「CDで買うほどでも・・・」な過去曲の購入が
ほぼ一巡して行き渡ったのかな?とか考えたりしましたが、
現在進行形の大ヒット曲が減ったのも確かでしょうし。
みなさん、「もう音楽はいいや・・・」ですか?
ちょっと、お疲れですか?
一方でライブは伸びているというお話がありましたが、
フェスの動員が貢献しているようです。なるほど。
ところが最近、ライブで6万人も動員できるグループが、
CDは1万しか出ないのを、ライブ会場で売ると3万も出た、
なんていうエピソードもあったのだそうです。
果たしてこの差分は一体・・・?
よく言われる事ですが、「選べない問題」ってありますね。
コンテンツがあふれかえっていて途方に暮れているところへ、
背中を押してくれる強い動機があれば、スンナリ選べるという・・・
この後でも触れますが、重要なのは「動機付け」なのです。

この日最も重要だったテーマは、おそらく中抜きの話です。
mF247の再出発対談に出てきた「ストーリー」のお話、覚えてますか?
それと、「だれが「音楽」を殺すのか?」のレコード会社のアーティストへの投資のお話も。
(って、リンクした過去記事ではほとんど言及できてませんが、
 気になる方はぜひ本を買って読んでみてくださいな。)
なんだかんだで、アーティストが名を立てるにはお膳立てがいる。
そりゃそうですよね、音楽を志す実力者は世界中に沢山いるのです。
ネットにあげれば実力を知られ、あっという間にスターだなんて、
まさに「幻想」にすぎない。
「ネットで評判となり・・・」というストーリーは実在しますが、
実はその背景にも地道な努力や基盤となるファン層があったりする。
でも、名を立てたいアーティストの卵たちの純粋な気持ちを利用して、
騙し続ける悪徳な輩が、すでに現れ始めているというのです。
ああ、確かに、想像に難くない存在ですよね・・・。
結局、ストーリーやキャラクタライズが大事であるならば、
それらをお膳立のノウハウを持った悪徳でない存在の必要性も、
きちんと精査すべきというお話だったと思います。
あと牧村さんは、こういった中抜きに関する誤解の話とは別に、
雑誌がアーティストの宣伝をしているように見えるようだけど、
実態は逆で、アーティストを載せることで雑誌が売れている、
というお話もされてました。普通はそうですよね。ううむ。
あまり穿った見方に懲りすぎるのも良くないのかもしれません。

さて、予定された時間が過ぎ、一通りお話が終わってからも、
お二人は場所を変えて時間を作ってくださいました。
このような姿勢には本当に感謝ですね。ありがたいことです。
この二次会(?)の牧村さんの発言で印象に残っているのは、
「未だに無いもの、或いは、あったけど忘れられている物をやりなさい」
というお言葉でした。
私は二次会までの参加でしたが、三次会もあったようです。
個人的には色々と伺いたいこともあったのだけど、
参加者には事業や作品を抱えている方も多いのかなと思って・・・
私は直近のビジネスに投影できる立場じゃないので、
興味の方向がちょっとズレてるかなって気がして。
例えば牧村さんの「モノの発想から深さの発想へ」という発言の意図とか、
ストーリーにはロケールや時代性の面でどのくらい普遍性があるのかとか、
ストーリーでヒットして、その後は?という点も・・・
長いこと音楽やってる人にしかたどり着けない境地があって、
その存在は一定量維持しなきゃいけないんじゃないか、
文化の豊かさには必要なんじゃないのか、って思うから、
だからブレイク後もアーティストを不当に縛ることのない、
ストーリーのクオリティや変貌のあり方なんかも知りたくて・・・
お話もつきないようでしたが、こちらの興味もつきず・・・
これからはまた少し違う見方で音楽と接していけそうです。

それにしても、最近なんでもそう感じるんだけど、
一つ一つのテーマに深く複雑な要素が絡んでいるのです。
一瞬では考察できないような。多面的にみないと見えないような。
短時間では語り尽くせない部分もあったのかもしれませんが、
分析が得意な方と現場の方の対話を聞ける貴重な機会でした。

私は実は講義の内容自体をレポるつもりというより、
一定の目的意識を持って受講させていただいたので、
興味のある所だけを書いてしまって、偏ってると思います。

ただ・・・いっぱい、考えました。
技術的革新は文化を変える。時として既得権をも脅かす。
いま我々がしていることは、常にその危険性をはらんでいる。
文化を壊したいんじゃない。誰かを陥れたくもない。
だけど恐れて何もしないでいるなんて、できるだろうか?
歴史を予見できたなら、彼らは開発の手を止めただろうか?
技術者倫理を意識しないわけじゃない。
だけど技術の世界は、良く言えば無邪気、悪く言えば幼稚だ。
そしてしなやかな文化とは、破壊と創造を繰り返す懐の深さがある。
奢らず甘えず、しかし恐れずに、自分のできることをしていきたいな。
そんなふうに考えた、雨の一日だったのでした。
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2009年09月03日

ピアノの詩人

ピアノキャット、現る!



うちの猫は譜面台の横から鍵盤に飛び移って、
音にビックリして逃げちゃうことが多かったな。

でもラジカセ(古)で音楽を鳴らしてると、
スピーカーにぴったりくっついて優雅にくつろぎ、
気持ちよさそうに寝てたけど。

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2009年09月01日

突然ですが、お礼です。

すっかり更新してないこのblogですが、

来てくださってありがとうございます。

どういう理由で訪れてくださったのか、

私からは察することもできないのですが、

とにかく、このありさまでごめんなさい。

でも、ありがとうございます。

なんだか無性に、お礼を申し上げたくなりまして。

そして、これからもよろしくお願いします♪

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2009年08月29日

8月はアニバーサリーポエムだけですいません

忙しいってほどでもないし、blogやめたいってほとでもないです。

ただなんとなーく、書きませんでした。

多分9月半ばには書きたくなると思うんですよね・・・

ぜんぜん根拠ないですけどね・・・

まあ、秋はそういう季節じゃないですか。

しかも、夏はそういう季節じゃないですか。

なんか頭の中がまとまらなくてね・・・

特に今年はひどくてね・・・

もしや老化か?とかちょっと・・・

あ、根拠ない話を続けるのは不毛ですね、はい。

ポエムをトップから下げるために何か書こうと思った次第です。

・POSTYMO発売中。今日買ってきます多分。お三方の動画コメントはコチラ
・20世紀少年最終章ご出演は焼き鳥屋でベーシスト役。だんだんオシャレに見えてくる
・あと幸宏さんと細野さんはイベントも面白そう。Ametsub気になる。
・先生DVDのダイジェスト見ました。特典DVDも楽しみ。
・ニュース系の話題もいっぱいあった筈なんだけど記憶の飛沫しか無い。夏の破壊力すごい。

あ、Twitterの事なら、ちょっと書けそう。
津田さんと双方向followになっております。
エゴサーチする方だと知ってたのに酔っぱらっててうっかり・・・
Twitterのfollow通知はhtmlメールなんだけど、
朝起きたらメーラーに津田さんの写真が表示されて、登場感がすごかった(笑)。
でも、「お見せするほどのもんでもないけど陰でコソコソするのも気が重い」ので、
followという曖昧でゆるい仕組みは良いなと思います。
followって「自分のタイムラインにその人の発言が表示される」というだけの事で、
「好き/嫌い」や「がっつり読む/読まない」とイコールでは無いんですよ。
私が未だにMixiやらないのは「マイミク」というシステムに
お友達認定的なニュアンスを感じて、どうも抵抗があるからなんです。
単純にとらえ方の問題なのかもしれないけど、
ここまでが友達でここからは違うっていう線引きを迫られる気がして。
そもそも会員にならないと一切内容を見られない仕組みも好きになれない。
blog始めた頃すごいビクビクしてたけど、パスワかけるのは嫌だったし。
基本ダメっこなので、ネットは未だに色々ドキドキするし、
こうすべきと思う行動を取れていないけど、慣れていきたいな。
浅瀬でパシャパシャから、少し沖のほうへ。少しだけね。

それと自由大学のレポ、一日3行くらいずつ手をつけてます。現在133行。
どうしても直せない部分があるんです。しかもその日の主題だった所。
あと根本的な問題として、最近自分のblogを色々読み直しながら、
「この文章で意味伝わってるのかな」と疑問に思う事が多く。
Twitterからリンクするようになって想定読者が広がったので、
すごい端折ってるなぁサボってるよなぁと思います。うむー。
実際そんなに読まれてないと思うんだけど、可能性はあるからなあ。
前と違うことを意識して書くのは悪いことではないかなって思って。
あんまりヒッキーを言い訳に甘えてるのもどうかと思うし、
もう少し社会に溶け込む努力が要るかなと。
私の場合、そのくらいの意識でやっと現状維持って気もします。
posted by sprout at 10:41| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリなし | 更新情報をチェックする

2009年08月28日

静かな秋のはじまりに

秋です。

芸術の秋です。

秋はとても静かです。

だから秋は待っています。

落ち葉が風に舞う音を。

種に伝える伝言を。

静かな夜に明かされる、血の通った音楽を。

人が生まれ、音楽が生まれ、心が通い、人が生きる。

寂しいほどに静かな季節は、それゆえ確かな伝言を。

音のテクスチャに綴られた生身の人の真摯な想いが、

寂しさを知る秋の風に乗り心に届く日を待ちながら、

視線はいつも未来に向かって・・・Happy Birthday!
タグ:黒沢秀樹
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